RECORD NO.109 · 明治〜昭和の日本
紙芝居屋
Kamishibai man
◆絶滅〜30s日本⑦ メディア・娯楽の交代
要約
自転車に舞台を積み、拍子木を鳴らして子どもを集め、水あめを売りながら絵物語を語った。「街頭の動画配信者」である。
しごとの中身
自転車の荷台の木枠に絵を差し込み、拍子木を打って空き地に子どもを集める。水あめや駄菓子を買った子が前列に座れる仕組みで、菓子の売上が収入源、紙芝居は集客の手段だった。声色を使い分け、いいところで「続きはまたあした」と切る。翌日また来させるための構成力が腕だった。
道具
自転車と舞台枠拍子木水あめ引きの作り方
きえたわけ
1953—テレビ放送が始まる
1950s後半—テレビが家庭に普及し、子どもが空き地から居間へ移る
以後—街頭紙芝居が消える
無料で家にいながら動く絵が見られる——その前に、拍子木の音は勝てなかった。ただし紙芝居の絵師や作家の多くは、テレビアニメや漫画の世界へ移っていった。
豆ちしき
紙芝居の作り手からは、後に日本の漫画・アニメを支える才能が数多く育った。テレビに滅ぼされた業界の人材が、テレビの中身を作る側に回った——消滅は、人材の移住でもあった。
この仕事の系譜



